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名古屋高等裁判所 昭和49年(ネ)371号 判決 1976年1月29日

控訴人 中川鉄工株式会社 ほか一名

被控訴人 国

訴訟代理人 伊藤好之 渡邊宗男 ほか四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  本件更正処分およびこれに基づく滞納処分をなした経緯ならびに右更正処分に対する不服申立の結果についての当裁判所の判断は、原判決理由一、二と同一であるからこれを引用する。

二  控訴人らは、右各更正処分およびこれに基づく滞納処分は、その後審査請求の結果右更正処分がいずれも取消されたことによつて誤りが認められたところ、右違法な各処分は訴外中川税務署長又は担当係官の過失によるものであるから、被控訴人に対し国家賠償を求めるというので、その当否を順次検討する。

(一)  更正処分について

<証拠省略>を総合すると、訴外中川税務署長は控訴会社の昭和四一年度決算分と昭和四二年度決算分の確定申告に基づき検討してみたところ、社長個人からの借入金が多額(昭和四一年度決算分で一、九一八万三、八五〇円、同四二年度決算分では一、九七八万九、六三八円)であつたので、昭和四三年二月下旬から同年六月にかけて控訴会社の帳簿類等を初め、銀行等を担当係官をして調査させたところ、控訴会社が益田商店益田貞吉名義で昭和四二年八月二八日当時金四六一万五、一〇〇円の普通預金が存在していたにもかかわらず、確定申告書添付の書類に記載がなかつたこと、松田商店からの金一四万二、三二五円および金川商店からの金一二万八、八三〇円の仕入について、仕入が架空であるかどうかにつき控訴会社関係者からの説明が得られなかつたうえ、控訴会社代表者に個人関係の金銭の出入りと資金の発生(特に控訴会社が控訴会社代表者に二、〇〇〇万円近くの債務を負うとされていること)につき不審を抱き、再三説明を求めても、控訴会社側からはいずれも与えた期日までに回答とか解明がなされなかつたこと、そこで訴外中川税務署長は、控訴会社の確定申告が真実の所得を匿しているものと考えて調査開始後約四か月を経て推計課税に踏み切り、本件各更正処分をなすに至つたこと、一方、控訴会社は昭和三八年以来山王工場で製鋼を、昭和四〇年に新設した刈谷工場では建築用丸棒を製造していたところ、山王工場では公害の問題があつて昭和四三年六月に製鋼作業を中止し、新設備で鉄の二次製品の販売加工をすべく同年一〇月から操業開始の予定にしていたこと、控訴会社は収益性が悪く資金的にも困難な状況にあつたこと、以上の事実が認められ右各証拠中右認定に反する部分は採用しない。

右事実によると、控訴会社の確定申告には上記の諸点につき事実と相違する点や中川税務署の調査に対して説明ないし解明等協力的態度を示さなかつたことから、訴外中川税務署長が法人税法一三一条に規定する推計課税に踏み切つたこと自体は手続上許容されるというべきである。しかし、推計課税の推計方法は同条に規定する基準により合理的でなければならないところ、訴外中川税務署長および担当係官は、控訴会社の所得の実額を算出するうえで必要と思われる売上台帳、仕入台帳、銀行の勘定帳あるいは伝票類など一切調査をしていることが窺えるものの、一部の帳簿記載につき不信の念をいだくあまり、更に質問調査により全体の収益性の点を充分把握しようとする努力に欠けたため、控訴会社の前記実情を看過して誤認した事実に基づき結局は誤つた推計課税をなすに至つたものであつて、かかる不当、不合理な更正決定をするについては控訴人側にも調査への協力不充分の責任があるとはいえ、訴外中川税務署長および担当係官の過失も否定することはできない。

(二)  更正決定および差押処分と控訴会社の倒産との因果関係について、

控訴人らは、更正処分、滞納処分、控訴会社の倒産、控訴人らの損害の発生という一連の経過は、前後密接な関係を有し、前者は後者により逐次必然的に生起したものであつて、上記の違法な更正処分と控訴人らの蒙つた損害との間には相当因果関係があると主張するので、まずこの点につき判断する。

本件のように更正処分がなされれば、それに基づいて引き続き滞納処分がなされること、また滞納処分がなされれば個人、法人を問わず信用を失墜するに至るであろうことは容易に窺われるが、滞納処分を受けた者の融資が必然的に中止され、その結果資金操作が困難となり倒産に追い込まれるとは必ずしも断言できない。

これを本件についてみるに、<証拠省略>によると、控訴会社が融資の申込をしていた名古屋信用金庫笠寺支店長自ら差押えは別として五〇〇万円程度の融資は不可能ではなく、融資しようと思つていたにもかかわらず、控訴会社側では同金庫に対し積極的な融資の申込を行なわなかつたこと、また控訴会社から四〇〇万円の融資申込を受けていた岐阜相互銀行中川支店では本件差押処分のことは知らず、当時控訴会社において貸出を希望する日の一週間前に具体的な申込をすれば書類その他が完備して承認の決裁がおりれば貸出は可能であつたこと、更に昭和四三年八月頃控訴会社から七〇〇万円の融資申込を受けていた愛知県韓国人商工会では本件差押処分があつたことを同会会長が知つたのは控訴会社が不渡り手形を出して倒産した後であることが認められ、右認定に反する<証拠省略>は前記各証拠に照らし採用できない。

右事実によると、前記各金融機関の融資中止が本件滞納処分による差押が行なわれたことによる旨の控訴人らの主張は失当というべきである。

一方、<証拠省略>によると、控訴会社は異議申立書(<証拠省略>)にも記載の如く当時控訴会社自体資金的に困難を来たしており、ために他の同業種と比較して仕入材料の単価は高く、売単価については集金が早いことから安く収支のバランスが悪い状況が続いていたという素地があつたこと、経営状態も放漫であり、加えて市況軟化と諸経費の増大、刈谷工場を新設したことから資金需要が膨張し、銀行依存度を高め多忙な資金操作に終始していた矢先昭和四三年二月から五月にかけての鉄鋼相場の変動で打撃を蒙つたこと、またこの夏場業務管理の不手際もあつて生産性が低下、以来資金計画に収支のずれを生じたほか、倒産の直接の原因は控訴会社の生産計画の失敗ということがその要因であつたことが認められ、右認定に反する<証拠省略>は前記証拠に照らし採用できない。

以上認定した事実に本件差押時の租税総額は約四三〇万円にすぎなく、控訴人にその意思さえあれば、他より融資をうけて、一応租税債務を弁済して、差押を解除しておくことも容易であつた事実を併せ考えると、控訴会社が倒産するに至つた原因は本件滞納処分による差押にはなく、事業不振のため控訴人が経営を断念したことにあると見るべきであつて、差押処分と控訴会社の倒産との間に相当因果関係が存するとは到底いい得ない。

従つて、倒産の結果、控訴会社所有の不動産を時価より低廉に処分せざるを得なくなつて損害が生じたとしても滞納処分とは何ら関係がないといわなければならない。

(三)  次に控訴人らは本件滞納処分は、控訴人らが主張する控訴会社の実情を熟知しながら、控訴人徳山の申出を無視し、不服申立の結果をまつことなく違法な更正処分に基づき強行したものであつて、著しく条理に反した公権力行使の濫用であると主張する。

<証拠省略>(後記措信しない部分を除く)によると、昭和四三年九月一一日頃、中川税務署上席国税徴収官石田信夫は、控訴会社を訪れ、控訴人徳山に対し本件更正決定に基づく税額(昭和四一年度分の法人税額一六二万四、七八九円、過少申告加算税額六万六、七〇〇円、重加算税額八万七、〇〇〇円、昭和四二年度分の法人税額一九四万五、〇九五円、重加算税額五八万三、五〇〇円)の納入方を要請したところ、控訴人徳山から目下不服申立中であり、工場も工事中で資金繰りがつかないので納付の見込は今のところ全くつかない旨返答があつたこと、同係官はその際控訴人徳山個人ないしは親族の所有物件を担保として提供するよう打診したがこれも拒否されたため、控訴人徳山に対し保全措置を講じなければならない旨を告げたこと、控訴人徳山からは不服申立の結論が出るまで猶予方の申出があつたが、一般に不服申立に対する結論が出るまでには期間を要し、このまま放置していては租税債権確保に支障を来たすと考え、同年九月一二日控訴会社所有の不動産(刈谷市所在)につき差押手続をとつたこと、そして優先担保権の設定してある右不動産の価額に照らし滞納税額にはなお達しないと判断して追加差押を検討中、同年一〇月二五日付信用情報(<証拠省略>)で控訴会社の倒産を知り、更に刈谷工場の機械類を差押えるに至つたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠省略>は前顕<証拠省略>に照らし措信できない。

右認定の事実によれば、訴外中川税務署長および担当係官において更正処分に対する不服申立の結果をまつことなく本件差押処分に及んだことは明らかであるが、国税に関する法律に基づく処分に対して不服申立があつた場合、たとえ取消すべき瑕疵ある処分であつても取消されるまでは適法な処分として取扱われるから、処分の執行または手続の続行は妨げられず、ただ滞納処分による換価は、その財産価値が著しく減少するときを除きその不服申立または裁決があるまではすることができない制限があるにとどまるのである(国税通則法一〇五条一項)。更に不服申立をした者が担保を提供して差押をしないことまたは差押の解除を求めたときにはこれに応じ税務官庁が右措置をとりうるとされているが(同法条三項)控訴会社において担保を条件に差押の猶予はもとより解除を求めた事情も認められない以上、国税通則法一〇五条三項の適用がないのも当然といえるので、控訴人徳山の申出を無視したとの控訴人らの主張は失当であり、訴外中川税務署長の本件滞納処分は国税徴収法にのつとる適法かつ正当な職務行為であつて公権力行使の濫用等の違法は存しない。

三  そうすると、本件更正処分および滞納処分と控訴会社の倒産との間に相当因果関係を欠き、かつ滞納処分自体の違法も認められない以上、本件各処分が訴外中川税務署長および担当係官の過失によつてなされたものであることを前提として国家賠償を求める控訴人らの請求はその余の点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

それゆえ原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却することとし、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 植村秀三 寺本栄一 大山貞雄)

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